香港と中国を拠点に、飲食から小売、公共空間など様々な空間デザインを手掛けるPANORAMA Design Group。今回紹介した複合書店「Reading Mi, Zhuhai」のデザインプロセスと共に、国内外で活発に多様なデザインプロジェクトに携わる理由について、同社の創始者であるHorace Pan(ホラス・パン)氏に話を聞いた。
取材/Chi Pyonghak 編集・文責/BAMBOO MEDIA

PANORAMA Design GroupのHorace Pan氏
—–PANORAMA Design Groupでは、今回ご紹介した珠海店以外にも、他のエリアで「Reading Mi」のデザインを多数手掛けています。クライアントからは何を要望され、どのように応えているのか教えてください。
Horace Pan(以下、Pan):
クライアントであるShenzhen Friendship Book City社は、主に書店事業を展開する会社で、10年程前に設立されました。コロナウイルスのパンデミック以降、書店事業のリブランディングを模索していて、新しい空間デザインやそこで語るべき新しいストーリーの構築を進めていました。そのようなタイミングで、共通の知人を通じ、私たちへ依頼がきました。
彼らは、私たちが空間づくりにおけるストーリーテリング、特に商業空間のデザインに強みを持つことを理解してくれ、1号店の「Reading Mi, Foshan」(2022年)から現在まで協業を続けています。

2022年に中国広東省仏山市にオープンした「Reading Mi, Foshan」(撮影/POPO VISION, GD Media 2022年 BAMBOO MEDIA掲載)
—–クライアントへのプレゼンテーションやコミュニケーションにおいて、どのような点を重視していますか。
Pan:
中国は、世界の経済大国の一つであり、そこで展開される商業施設のデザインは多種多様です。また書店のデザインについても、経験のある優れたデザイナーがたくさん存在します。クライアントが、そうしたデザイナーではなく、私たちを選んだのは、その激しい競争から一歩先に抜きに出るためのチャレンジだったと思います。
私たちはデザインプロセスの中で、クライアントに対し、かなり活発にアイデアを投げ掛け続けます。初めて仕事をする際は、必ずこのプロセスを経るようにしています。互いの意見をぶつけ合うことで、既存の考えを超えた、創造的で新しいデザインやイノベーションを生み出すきっかけをつくるのです。
そうしたプレゼンテーションに説得力を持たせる意味でも、優れたポートフォリオと実績は備えておかなければなりません。大きなクライアントであれば、国際的なコンペティションでの実績やアワードの受賞歴も重要になってくるでしょう。

PANORAMA Design Groupのオフィスの一画には、数々のアワードのトロフィーが飾られている
私たちに設計の依頼をするということは、少なくとも、そのクライアントは私たちのデザインフィロソフィーをある程度は理解してくれていると思います。その上で私たちが提案すべきことは、クライアントの要望をただ形にすることではなく、私たちのデザインの視点や知見によって、その企業やブランドの理念を表現し、発信していけるようなデザインを創造することです。つまり、プランとコンセプトステートメントを合わせて示していくことが大事なのです。単純に店舗のレイアウトを考えるだけなら、どんなデザイナーでも、クライアント自身にもできるのですから。
これは、ただ私たちが自由にデザインをしたいということではなく、外部クリエイターに仕事を依頼する目的である、“新しいものを創造し、市場で勝ち抜くための強い力を生み出していく”ために必要なことなのです。私たちはいわばオーダーメイドのソリューションを行っていて、私は自分自身をアーティストであると同時に、サービスプロバイダーのような存在だと思っています。課題を解決し、新たな価値を創造するために、専門的なコンサルティングを提供しますが、そこで求められるものはプロジェクトごとに異なります。

オンライン取材でインタビューに応えてくれたPan氏
—–「Reading Mi」では具体的にどのような提案を行ったのでしょうか。
Pan:
商業デザインにおいては、小売店やエンターテイメント、場合によっては飲食店などのデザインを行います。そこで求められるのは、第一にホスピタリティです。住宅の設計であれば、クライアントとその空間のユーザーは同一人物です。しかし、商業施設ではクライアントである企業やブランドは空間に投資する側であり、私たちは実際にその空間を利用するユーザーの目的まで見据えなければなりません。店舗を設計する際、ユーザーたちの様々なニーズを分析することも重要な仕事の一つです。特に書店は、オンラインショッピングが主流になる中で、物理的な店舗をつくる意味を明確にしなければなりません。本はオンラインでも、また他の店舗でも買えるのに、なぜこの店に来たいと思うのか、その理由を創造することが、クライアントとユーザーそれぞれに求められていることなのです。

「Reading Mi, Zhuhai」のカフェエリアのイメージスケッチ

「知識の庭」をテーマに自然や陰影の要素を取り込んだ空間のイメージを伝えるダイアグラム
「Reading Mi」では、「知識の庭」をコンセプトに空間を構築していきました。今、私たちが商業空間をつくる上で重視しているキーワードが“都市の癒し”です。それは、商業的な成功や美学だけでなく、ある意味で都市の人々の心身を治癒するような“バイオフィリックなデザイン”にフォーカスしています。
リアルな店舗を訪れることは、本を買うだけでなく、その場所に留まって新しい知識を探求したり、知らない雑誌や本に触れる体験があり、また同じく本を介した友達と出会うような場にもなるかもしれない。書店を訪れる1時間が、とても忙しい生活の中で、「魂の隠れ家」を訪れる瞬間とも言えるようなものにしたいと考えています。
実際に、「Reading Mi」の店舗では、最小限の素材と照明を用いて、可能な限り自然光や光の変化、陰影を感じられる温かみのある空間づくりを目指しています。都市の真ん中で、大きな花や木に囲まれて佇むような体験がそこにはあります。

幾何学模様の造作に包みこまれるような店内(撮影/POPO VISION, GD Media)
—–他の進行中のプロジェクトについても教えてください。
Pan:
世界的に経済が大きく変動する中で、例えば中国では活況であった住宅開発が著しく減退したことに始まり、貿易摩擦などの影響で、他の商業分野にも影響が出始めて、中止になるプロジェクトが増えています。一方で、私たちの拠点の一つである香港は、もともとそこまで大きな市場があるわけではないため、自然と海外へ向けた仕事をしていく傾向があります。現在、香港と中国に拠点をつくり、社内デザイナーは15人います。そこまで大きな規模の会社ではありませんが、携わる業態や地域は多岐にわたるため、ローカルアーキテクトを始めとする協業してくれる現地のパートナーとの連携が重要になります。
今、ドバイでレストランの計画に携わっていますが、ドバイの経済が盛り上がっていることを実感します。その地域ごとのエネルギーは、現地でなければ感じられないことでもあり、常に情報を収集すると共に、自分たちのこともステークホルダーに向けて発信し続けていかなければならないと思います。様々な国で、レストランや小売店、ホテル、クラブハウス、ウェルネスとレジャー、さらにはジムや学校など、多くのプロジェクトに貪欲に関わることで、その経験がクロスオーバーし、私たちだからこそ創造できるデザインが生まれていくと考えています。
人々のライフスタイルが多様化していく中で、グローバルとローカルの視点、クライアントとユーザーの視点、経済的な側面、SDGsを始めとする社会的な要請を踏まえた思考、そして私たちが注力しているウェルネスの視点など、あらゆる物事を包括しながら、多くの人にとって価値のある空間づくりとデザインをしていきたいですね。
(2025年5月、香港・東京にてオンラインインタビュー)
Horace Pan/PANORAMA Design Group
PANORAMA Design Group 創設者。香港理工大学設計学院 Associate Professor of Practice。香港室内設計協会 前会長。香港設計中心 前理事。IFE 2011-14 Executive Board Member。インドネシア系中国人の家庭に生まれ、香港で育つ。香港理工大学デザイン学院を卒業し、インテリアデザインの名誉学士号とデザイン修士号を取得。2003年には、数々の受賞歴を誇るデザイン事務所PANORAMAを設立。独自の文化的背景と香港と日本のデザイン要素を融合させ、様々な空間カテゴリーにおいて「物語」と「癒し」の体験を創出している。国内外で数々の受賞歴あり。
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