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緊急寄稿1

今年1月、国内で初の新型コロナ感染者が見つかって以降、まさか4カ月にわたり街が都市が国が活動をストップさせる状況にまで発展するとは、誰が予想できただろうか。街からは人が消え、飲食や物販、サービス、あらゆる業態の店舗が閉鎖せざるを得ない異常事態に今まさに直面している。それは「店」をつくるデザイナー、建築家にも当然大きな影響を及ぼし、この先に来るであろう不況の影が大きく重くのしかかる。
しかしこのまま禍の波に飲み込まれていては何も始まらないし、こうした状況だからこそ「クリエイター」としての本領を発揮するタイミングと捉えるべきかもしれない。そこでBAMBOO MEDIAでは、バブル崩壊やリーマンショック、震災による不況といった大波をくぐり抜けてきたベテランデザイナーの方々に緊急寄稿いただき、このような状況にはどう立ち向かえばいいかというヒントをいただくことにした。
「The night is long that never finds the day.」(明けない夜はない)という気持ちでこの日々に立ち向かいたい。(BM)

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バブル崩壊後の商空間デザイン界の実情をよく知る笈川さんから、今回のコロナの嵐の影響について空間デザイン側からのコメントを求められた。そこで老齢の身としては色々あったなバージョンでコメントしたい。

時代が底のほうから変わっていることを実感することがある。
僕の経験では1960年代末がそう。といっても若かったから、その時に自覚していたわけじゃない。振り返って1960年代末が、20世紀後半の文化や社会の転換場面だったと思い知った。当たり前で揺るがないグローバルスタンダードの時代と思われているはずの世界は今、パンデミックに揺れ動いているが、これって単なるウイルスの現象じゃなく、もしかするとあの時代(1960年代末)に匹敵する、あるいは超える社会や文化の構造転換の兆候なのかもしれない。

今回のパンデミックは空間デザイン界にとってどんな場面なんだろう。比較のために、昔の話で恐縮だがデザイン界の変転について触れておきたい。

2年も浪人(サーフィンにのめり込み過ぎ)の後、武蔵美に入ったのが1969年。入学直後、5月に学内に騒動が巻き起こり、集会が繰り返され大学側との団交、バリケードによるロックアウトにまで突き進んだ。その頃全国の大学で吹き荒れた紛争は左翼のものと思われがちだが、マルクスなんか誰も読んでいない。ちょっと気の利いた奴はロラン・バルトの「零度のエクリチュール」「モードの体系」なんかを読んでいた。のちにこれは、広義には構造主義と言われるフランス発の新しい思想の流れだと知ることになる。戦後の世界の思想潮流をリードしたサルトル等の実存主義に「あんたらダメだよ」と引導を渡した思想的事件だった。ともかくそんなものが日本のデザインの現場に出現し始めていた。
モダニズムは断罪され、「デザイン批評」という過激な雑誌ではデザインの自己否定のような「デザイン0年」が特集されたりした。

あの時代のこうした主義主張は、実はインテリアデザインの観点に大きな足跡を残した。主観的な審美的デザイン観(いわば実存主義的なデザイン)はダサく、むしろ審美性を剥ぎ取った、モノそのものの構造に立ち返るような零度のデザインが模索された。倉俣史朗を発火点とするインテリアデザイン潮流である。

これらの1960年代末の価値転換は20世紀後半に大きな足跡を残したが、その後、我々は社会システムと文化の巨大なターニングポイントを経験する。インターネットとそれが招来させるグローバリゼーションだ。現代はその是非にもまれている。

今回のパンデミックは、過去の大きな世界的ショックと違う。オイルショック(産油国と資本主義の軋轢)、ニクソンショック(アメリカの凋落)、リーマンショック(グローバル金融資本主義の暗礁)は、そのほとんどがアメリカ由来のDOWNであり、そこに世界中が放り込まれた。しかしウイルスによるパンデミックは人類の地政学外の原因でありながら、一方でアイロニカルにグローバル発の新たなDOWNを飛来させる。

という事態になって我らは今、ZOOMなんぞで仕事をするようになった。飲み屋にも行けない。さして変わらぬ日々だが、ショックの後ろにある社会システムの構造変化はじわじわと、我々のデザイン現場にも押し寄せてくるのではないだろうか。感染で身体が過剰に意識されたことは大きい。ソーシャルディスタンスやステイホームのような身体を介したリアル、それが世界中で起こった。身体やリアルの痕跡、これは空間デザインには大きな出来事だったと思う。

1960-70年代を思い起こすならば、身体とかリアルを呼びさまそうという動向があった。メルロ・ポンティの「眼と精神」という論文は短いけれどもこの次第に深く触れている。パンデミックの最中でメルロ・ポンティを思い出し、デザインの土俵に改めて身体とかリアルを引き寄せたいと思った。 (いいじま・なおき)

 

飯島直樹/飯島直樹デザイン室代表。1973年武蔵野美術大学造形学部産業デザイン科工芸工業デザイン専攻卒業。1976-1985年スーパーポテト在籍。1985年飯島直樹デザイン室設立。2004-2014年社団法人日本商環境設計家協会理事長。2008-2014年KU/KANデザイン機構理事長。2011-2016年工学院大学建築学部教授。アジアの空間デザイナー有志の集まりEastGatheringのFounder。
http://www.iijima-design.com/

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