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緊急寄稿3

空間デザイナーとして、30数年間、人が集う、濃密な空間をデザインしてきた。
施主をはじめ、スタッフや協力会社、職人、そして直接触れる素材にしても徹底的に現場に出向き、その場でのスリリングな発見を楽しんできた。
それはジャズセッションのようであり、ミュージシャン同士が即興による演奏で曲を創り上げていく感覚に近い。自分独りでは決して辿り着かない高揚感とライブ感、そして爆発力。

今回のウイルスの件で、人生初めての在宅勤務を約2カ月間余儀なくされた。
家に籠り、いつの間にかそれまで否定的だったオンライン会議を使いこなし、その利点までも発見し、全く予想しなかった働き方に順応する自分が居た。
そして、今日6月1日、政府が緊急事態宣言による自粛制限をゆるやかに解除した。
何となく明るい未来が見えてきたような錯覚に陥る。

果たしてそうなのだろうか?
この2カ月間、様々なことを考えた。
自分はなぜ空間デザイナーを目指したのか?
自分は空間デザイナーとして今何が出来るのか?
空間デザインを選んだ理由は、、、

父は彫刻家、祖父が画家という環境で育った私は、純粋芸術家の生き方が、重く孤独であることを嫌というほど理解していた。彼らは私にその道を進むことを切望したが、父と祖父の弟子になることから逃げ出したかった。
中学生の頃、高級住宅街を歩き回り、いつの間にか住宅デザインに興味を抱いていた。
そして、親から指図されずに何か造形が創れる=住宅設計という方程式に至った。

そうだ!!
親からの束縛から脱出し、健全な商業の上で何かを創りたくこの道を選んだのだ。

まずは、住宅をデザインしたく美大の建築科に一浪して入学。
ろくすっぽ勉強もせず、音楽や遊びに没頭しギリギリ卒業に漕ぎ着ける。

建築とは全く異なるアパレル会社に入社。
が、1カ月で退社。

バイトをしながら夜間学校に通い、グラフィックを専攻。
在学中、父が倒れ、中途で現在の乃村工藝社に入社。

入社した1986年はバブル全盛期。
未熟な私はデザイナーとして役にも立たず、上司に迷惑をかけ、自信のあったスケッチも酷評され多くの壁にぶち当たる。

その後数年は堅実に百貨店などの仕事に勤しむ。
自分のスタイルを見つけられず、悶々と模索する日々が続く。

レストランデザインが流行りだし、自分も飲食店のデザインがしたいと思い、自ら売込み。
幸運にもデザインした小さなレストランが雑誌で取り上げられ、自分がやりたい方向がやっと見えてくる。

2000年代に入り、「XEX 愛宕 グリーンヒルズ」「ウィズザスタイルフクオカ」「マンダリン オリエンタル 東京」などをデザイン。

2006年、社内に、ハイエンドな空間を生み出していくことに特化したデザイナーで組織された、A.N.D.を設立し、国内外のホテル飲食店などの仕事に携わる。

2008年、リーマンショックで仕事が劇的に減少。
売上は落ち込み、これまでにない散々な状況を経験。

2011年、東日本大震災が日本を襲う。
その後、組織も仕事の規模も大きくなり、ハイエンドな空間を数多く手掛続ける。

こうして振り返ると、随分と寄り道や途中下車を繰り返しながら、大きな波を幾度か経験して来た。
そして、2020年、今回のウイルス。
過去のどの波よりも遥かに予想外で強大、そしてしぶとく大きな衝撃を今も世界に与え続けている。

自分は空間デザイナーとして今何が出来るのか、、、
音楽家や芸術家の様に、世の中にエールを送ったり励ましたりすることは出来ない。
この非常事態で何が出来るのか、初めて何度も自問自答した。

この数年、大学の建築科学生に空間デザインについて講義をしている。
空間デザインの面白さは、「人や匠や素材に出会うことで生み出されるライブな空間は、人を、企業を、そして社会を、幸せにすることができる」と教えてきた。
今この困難を経験したが故に、一旦立ち止まることができた。
これまでの延長上ではない、全く新しい考え方で空間をデザインし、人々や社会を幸せにできる可能性が拡がったと感じている。

空間はいつの時代も人、企業、社会の営みを包む力を持っているから。
その包容力は今後柔軟性を持って進化し、様々な空間デザインが生み出される筈である。
空間デザインを楽しみたい。(こさか・りゅう)

 

 

小坂 竜/(株)乃村工藝社 A.N.D. 統括エグゼクティブクリエイティブディレクター。1960年東京都生まれ。84年武蔵野美術大学造形学部建築学科を卒業後、乃村工藝社入社。
「マンダリン オリエンタル 東京」メインダイニング、「新丸ビル」環境デザイン、「羽田空港 JAL国際線サクララウンジ」、イギリスの国際的に名誉あるアワード「Restaurant & Bar Design Awards 2014」のバー部門大賞「Best Bar」の日本人初受賞をはじめ、のべ8アワード9つのタイトルを受賞した「W 広州 FEI」(中国・広州)などを手掛ける。国内外の話題のレストランやホテル、レジデンスのデザインを数多く手掛け、現在はアパレルブランドの世界展開や、建築からのデザイン設計を手掛けた個人邸など、インテリアにとどまらず更なる活躍の場を拡げている。
また、東京大学工学科建築学科の非常勤講師他数々の講演活動を行う一方、2017年よりJCD(一般社団法人日本商環境デザイン協会)副理事も務める。

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