25年の時を経て全館リニューアルした「アニヴェルセル 表参道」


昨年、2023年に開業から25年周年を迎え、全館リニューアルオープンしたウエディング施設「アニヴェルセル 表参道」。設計コンペを経て、チャペルやバンケット、料飲施設、共用部に至るまで、ダイナミックなデザイン提案を行った同施設の乃村工藝社の担当デザイナー・吉村峰人氏に、プロジェクトの経緯やそのデザインの意図について聞いた。

取材・文/BAMBOO MEDIA ポートレート撮影/千葉正人

 

 

 

──注目されていた東京・表参道のランドマーク「アニヴェルセル 表参道」のリニューアルプロジェクトの経緯についてお聞かせください。

 

吉村:本件は、ウエディングを中心に様々な記念日プロデュース事業を展開する「アニヴェルセル」が、開業25周年を迎えるにあたり、フラッグシップである表参道店を全館リニューアルするというプロジェクトでした。

 

2023年9月に全館リニューアルオープンしたウエディング施設「アニヴェルセル 表参道」。施設内に通り抜けができる“道”を設けた(撮影/adhoc 志摩大輔)

当初、設計コンペとして施主から受け取った与件には、飲食エリアやウエディングサロンといった既存の機能やゾーニングに大きな変更はないといった印象でした。しかし、ヒアリングを重ねていくと、施主の「街とつながりたい」「施設だけでなく界隈にも賑わいを生み出したい」という思いを強く感じ、既存の方向性を大きく転換、「表参道に新たな“道”をつくる」デザインプランを提案しました。

 

「アニヴェルセル 表参道」は、多くの人で賑わう表参道に面し、このエリアのカルチャーを形作ってきた裏原、神南側に向かって奥まった敷地を持っています。表参道側から神南エリアにつながる、敷地を突っ切るような一つの“道”(貫通通路)を建物内に通すことで、回遊性や界隈性をつくり、そこを歩く人々にアニヴェルセルの世界観やホスピタリティを感じてもらえるような場を生み出せないかと考えました。

 

建物のファサードには、もともと天井に向かってアーチ状の意匠が施されていました。これは25年前の開業時、パリのパサージュ(小路)に着想を得てデザインされたという背景を知り、その思いを引き継ぐべく、原点回帰の要素の一つとして、この“道”にもアーチを採り入れています。

 

“道”を計画するにあたり、もう一つポイントになったのが、現場の運営に携わるスタッフとの意識共有です。このプロジェクトが表層的なリニューアルではなく、アニヴェルセルが持つ思いを表現し、より素敵な場所へと生まれ変わっていく、新しい一歩であることを伝え、その考えに共感してもらうことで、サービスにも大きく影響する動線など、大胆なプランニングを進めていくことができました。

 

 

これまでのアニヴェルセルにはなかった新しい空間づくりを提案するにあたり、施主や働くスタッフへデザインの意図を共有することに注力したと語る吉村氏

 

また、“道”のある1階フロアだけでなく、私たちが設計施工に携わったチャペルや、4階・7階のバンケット、8階レストランにおいても、デザインの意図を理解・共有してもらうことで、他の施設にはないゾーニングやディテールを表現することができました。
例えば、4階のバンケットは、シンダーコンクリート部分磨きの床や、ステンレスに粉体塗装を施した独特な表情の仕上げ、硬質な印象の直管LED照明など、従来の結婚式場では使われないような素材を多く採り入れています。

 

4階のバンケットは、シンダーコンクリート部分磨きの床や、ステンレスに粉体塗装を施した独特な表情の仕上げ、硬質な印象の直管LED照明など、従来の結婚式場では使われないような素材を多く採り入れた(撮影/adhoc 志摩大輔)

 

ここは、これまでとは異なるアニヴェルセルのターゲットを想定した空間であり、広告を始めとする情報発信も従来とは異なる手法が必要であったため、私たちがデザインに込めた思いを一つひとつ現場のスタッフに伝えることで、結果的にこの空間を起点とした新規顧客の獲得や、ブランド発信力の強化にも繋がったと考えています。
先日も“道”でファッションショーが開催されるなど、結婚式場の枠を越えた、人々の幸せや華やかさが生まれる空間が広がっています。

 

4階バンケットのレセプションカウンター。来場者を迎える新郎新婦の装いがすべて見えるような腰壁のないつくりになっている。「什器はこうあるべき」といった既成概念を見つめ直し、この場所に本当に求められている機能や意匠を追求していった(撮影/adhoc 志摩大輔)

 

 

──デザインの特徴についてお聞かせください。

 

8階レストランのバーカウンターの腰には、フローリングとして製造された部材をカットした素材を用いた。元の素材の美しさを活かしながら、構造の“つなぐ”ことを空間のテーマの一つとして取り入れている(撮影/adhoc 志摩大輔)

吉村:この施設では、多彩な背景を持った“素材”を採用しているのも特徴です。
例えば、8階のレストランでは、カウンター腰に集成材フローリングの端材を用いています。これは、福島の木材工場に眠っていたフローリングで、そのメーカーの方の思い入れのあるものだったため廃棄できずに保管していたものでした。表情が美しいことはもちろんですが、フローリングのつなぎ合わせた構造や、作り手の思いが、結婚式場としての「つながり」というテーマに通じる素材として使わせてもらいました。

 

他にも「一つの木の下に集う」という意味を持つポプラ材突き板の壁、美しい木目を鉄水染めで浮かび上がらせたテーブル、メーカーのサンプル材として保管されていた規格外のコルク材を使った吸音パネルなど、SDGsに配慮したような素材も多く採用されましたが、これは最終的にそうなったということであり、一番の目的は、アニヴェルセルがお客様に提供しようとしているサービスや空間体験に紐づくような素材選びをした結果なのです。

 

私たちのチームでは、素材探しに産地や工場へ直接足を運び、実物に触れ、メーカーや職人さんたちとコミュニケーションを取ることを重要視しています。現地に出向くと、私たちデザイナーが知らなかった価値のある技術やマテリアルに出会えたり、反対に製品を作っているメーカーさん自身も気づいていなかった素材・技法・工芸性の魅力を我々が発見することがあるからです。素材自体の魅力を掘り起こそうとする私たちの姿勢も、施主から評価された点のひとつでした。

 

プロジェクトの定例会議でデザイン提案すると、その案に至るまでの経緯を教えて欲しいと言われることがありました。そのような時は、私のipadに残しているスケッチやスタディ写真を見ていただき、デザイナーがどれだけ思考を重ねて、そのデザインに辿り着いたかというストーリーをお伝えしました。完成後にそれらを扱う現場スタッフのみなさんにも空間やデザインに愛着た持てるようにしたいという施主の思いからでした。

 

 

──既存の施設との違いについてお聞かせください。

 

吉村:繰り返しになりますが、このプロジェクトでは、「ブランドとしての新しい振れ幅をつくる」ことや「これまでの普通をちょっと変えて、新しいアニヴェルセルの在り方をつくる」という言葉と共に、施主を始め、スタッフの皆さんを説得し、そのデザインへ共感してもらうことで、一般的な結婚式場や、これまでのアニヴェルセルとは異なる空間づくりにチャレンジできました。

 

施設内につくられた“道”が、施設の外部とのつながりや街の新しい回遊性を生み、アニヴェルセルが育む幸せの情景が界隈に広がっていく(撮影/adhoc 志摩大輔)

 

チャペルでは、アニヴェルセルを象徴する青いバージンロードから、その色合いが主祭壇まで続き、空間に溶け込んでいくような色と仕上げを施している(撮影/adhoc 志摩大輔)

また、結婚式場の設計を専門としていない私たちチームを選んでもらった段階で、施主側にも新しい一歩を踏み出したいという思いがあったと受け止めています。オペレーションが複雑な施設や業態は、時に設計者が意図するデザインが現場に受け入れられにくいケースもあります。しかし、“デザイナーが空間づくりに携わる意味や価値”を知ってもらうことも私たちの重要な仕事の一つだと考えています。

 

私自身、住宅の設計を手掛ける機会も多く、それが、施主にデザイン意図を理解してもらうことに重きを置いたコミュニケーションや、最終的にその空間を使う人へ向けた提案に表れているかもしれません。コンセプトを追求する中で忘れてしまいがちな、その空間の一番の目的、当たり前のことを見失わないよう心がけ、デザイナーの操作によって、そこで過ご人や働く人の意識に作用し、新しい行為につながるような、気持ちをアップテンポにする空間づくりを目指しています。

 

「アニヴェルセル 表参道」の空間が新しい人の動きや賑わいが生み、そこからさらに想像を超えるようなコトが起きて、その存在意義である様々な“幸せの風景”が広がっていってくれたらうれしいですね。



吉村峰人/乃村工藝社
1983年生まれ、多摩美術大学卒業後、2007年乃村工藝社入社。そこにいる⼈々の⼼の動き・空気“まるごと”デザインし、アパレルや時計店などの物販店からレストラン、ホテル、レジデンスまで、ライフスタイルにまつわる空間を幅広く⼿掛けている。カジュアルから上質でラグジュアリーな表現まで、素材の質感やストーリーを大切にしながら空間を創り上げている。

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